徳永・松崎・斉藤法律事務所

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懲戒解雇となった保険営業員への退職金不支給の有効性が争われた事例
(マニュライフ生命事件/東京地裁令和6年10月22日判決・労経速2579号3頁)

2026年02月10日

恩穗井 達也 弁護士

  1.  事案の概要
    本件は,保険営業員として長年勤務していた原告において,小中学校時代の同級生から名義を借りた名義借契約(契約者に保険契約の加入意思,保険料支払意思が無いにもかかわらず,名義使用の了承を得て行う契約)等が判明したことから,被告(保険会社)が,当該行為が懲戒解雇事由に該当するとして原告を懲戒解雇するとともに,被告の退職金規程の定めに従い退職金999万7000円の全額を不支給としたところ,原告が,不支給となった退職金相当額等の支払いを請求した事案です。
  2.  裁判所の判断
    1.  退職金不支給の根拠となった懲戒解雇の有効性について
      裁判所は,名義借契約は,①生命保険の基本的な原則の一つである給付反対給付均等の原則と相容れないものであること,②名義上の保険契約者と営業職員との間の紛争を誘発するものであり,こうした紛争は,営業職員が属する保険会社への社会的な信用を棄損することにつながり,保険会社も当該紛争に事実上巻き込まれることになりかねないこと,③営業職員の真実の営業成績を偽るものであり,保険会社による人事評価の適正を著しく害するものであることから,「保険募集に関し著しく不適当な行為」(保険業法307条1項3号)に当たるものと解したうえで,このような名義借契約は,その悪質性から監督官庁への届出が必要とされており,また,社会的に厳しい評価がなされていることを指摘し,本件の名義借契約について,「相当に悪質なもの」と評価しました。
      そして,被告において従前から名義借契約を行った場合には原則として懲戒解雇となる旨の説明が従業員に対して行われていたこと,実際に懲戒解雇とした過去事例もあったこと,本件において原告が全く反省の態度を示していないこと等の事情を総合して,本件懲戒解雇については,社会通念上相当性を欠くとはいえず,有効であると判断しました。
    2.  退職金不支給条項の有効性について
      退職金規程には,懲戒解雇された者には退職金を支給しない旨の定めがありましたが,裁判所は,退職金には賃金の後払い的性格があり,労働者の退職後の生活を保障する役割を果たすものであるから,労働者に対し,退職金を不支給とするためには,「単に退職金不支給条項に該当する事実が存するのみでは足りず,労働者にそれまでの勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為があったことを要する」としました。
      その上で,本件について,原告の本件懲戒解雇に係る懲戒事由に当たる行為は,原告のそれまでの勤続の功を一定程度減殺する悪質性があるとしながら,原告が過去に懲戒処分を受けたことがなかったこと,本件における名義借契約が1件のみであることなどを考慮すると,「原告のそれまでの勤続の功を全て抹消するほどの著しい背信行為があったとまではいうことはできない」として,退職金の7割を超えて不支給とする限りで無効であり,3割分に当たる金299万9100円の請求を認容しました。
  3.  コメント
    1.  懲戒解雇の場合(あるいは懲戒解雇事由がある場合)において,退職金の不支給条項を設けている会社は多いと思いますが,不支給条項に該当する事由があったとしても,当然に不支給が認められるとは限らないため,注意が必要です。
      一般に,退職金は,功労報償的性格だけではなく賃金の後払い的性格も有するため,不支給条項を適用するためには,不支給条項所定の事由が存在するだけではなく,労働者のそれまでの勤続の功を抹消(全部不支給の場合)ないし減殺(一部不支給の場合)してしまうほど信義に反する行為があったことが必要となるとされており(菅野和夫・山川隆一著「労働法」第13版・659頁),本判決のように,この考え方に沿って,不支給条項を限定的に解釈して不支給の有効性を判断する裁判例が多いです。よって,懲戒解雇の有効性とは別に,退職金不支給の有効性をあらかじめ検討しておく必要があることになります。
    2.  このように,退職金を不支給とする場合には,「労働者のそれまでの勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほど信義に反する行為があったか否か」を吟味する必要があります。この点,「労働者側の非違行為による懲戒解雇がなされた事案では,懲戒解雇に値する非違行為は在職中の功労を抹消するものと評価されることが通常である」との指摘もありますが(前掲「労働法」第13版・362頁),いずれにせよ,当該事案における諸事情を分析して的確に評価することが求められます。
      なお,退職金不支給の有効性を判断する枠組みとしては,本判決とは別の高等裁判所の判決(みずほ銀行事件・東京高裁令和3年2月24日判決)では,「懲戒処分のうち懲戒解雇を受けた者については,原則として,退職金を不支給とすることができると解される」としたうえで,「懲戒解雇事由の具体的内容や,労働者の雇用企業への貢献の度合いを考慮して退職金の全部又は一部の不支給が信義誠実の原則に照らして許されないと評価される場合には,全部又は一部を不支給とすることは,裁量権の濫用となり,許されないものというべきである」として,会社の裁量権を認めつつ,裁量権濫用の問題として整理する判断枠組みが示されています。ただし,この判断枠組みであったとしても,裁量権濫用になるか否かという判断のなかで,上記と同様,事案の諸事情を分析して評価することは欠かせませんので,最終的な結論としては変わらないケースが多いのではないかと思います。
    3.  その他,最近,公務員に関する最高裁判決として,懲戒免職処分を受けた者に対する退職金不支給処分を認めなかった高裁判決を覆し,退職金不支給処分に裁量権の逸脱・濫用はないと判断する複数の判決が出されています(京都市(市営バス)事件・最高裁平成7年4月17日判決,大津市事件・最高裁令和6年6月27日判決など)。公務員の場合,公務に対する住民の信頼の毀損という別の考慮要素が入ってくるため,その判断が民間企業にそのまま妥当するとは限りませんが,このような裁判所の傾向についても理解しておくことは重要です。
    4.  懲戒処分のなかでも懲戒解雇を行うことは,それ自体,有効性について判断が悩ましいケースも多いと思います。そのうえで,これまで述べたように,退職金不支給についても別途の検討を要します。もし,個別事案において判断に悩まれましたら,ご遠慮なく当事務所にご相談いただければと存じます。