事務所報
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不正会計事案に関する調査費用の一部について,
取締役の任務務怠との相当因果関係が否定された裁判例~東京地判R7.3.27~
2026年05月21日
- はじめに
企業において役職員の不祥事が発生した場合、上場企業を中心に、損失の大きさや対外的な影響の程度等に応じて、調査委員会が設置されることがあり、特に大規模な不祥事であるときには、調査委員会の費用がかなり高額になることもあります。
その不祥事に関して取締役の任務懈怠が認められる場合、取締役は企業に対する損害賠償責任を負うことになります(会社法423条1項)が、調査委員会の費用が取締役の賠償責任の範囲に含まれるかが問題になります。
従前の裁判例では、第三者委員会の費用について「取締役の任務懈怠と相当因果関係のある損害である」として、取締役の賠償責任を認めるものも多いところですが、今回は、調査委員会の費用についてかなり厳格に精査し、取締役の賠償責任を限定した裁判例(東京地裁令和7年3月27日判決)について、ご紹介させていただきます。 - 事案の概要
原告であるX社は、不動産関連事業を営む上場会社ですが、売上を過大に計上するなどの不正会計を行い、虚偽記載のある書類を提出して新規上場・市場変更の申請を行うなどしたこと(A事件)、代表取締役らが某個人Wに対して債務が存在しないことを知りながら2億4000万円を支払う旨の支払約定書を作成したこと(B事件)が判明しました。
X社は、これらの事件について、当時の代表取締役ら3名に対し、善管注意義務違反による任務懈怠があったとして、調査委員会の調査費用など合計約7億7000万円の損害賠償を求めました。 - 本判決の要旨
本判決は、A事件・B事件について代表取締役らの善管注意義務違反を認めた上で、次のように判示しました(争点は多岐にわたりますが、調査費用に関する部分に限定しています)。- 一般論(調査費用に関する取締役の損害賠償責任)
企業において不正行為等の疑義が生じた場合、どのような態勢の委員会を設置し、どのような範囲の調査を行うか、どの程度の費用を投ずるかは、必要な調査の内容・難易度、企業の規模・案件の規模、企業の置かれている状況などを総合的に勘案して、その企業が裁量的に判断することである。
多額の費用を投じて調査を行うことが、その企業にとって意義があり、裁量的判断として不合理とはいえない場合であっても、その支出額について取締役等に対する損害賠償請求が認められるかは、「損害の公平な分担」という見地から、損害の範囲・金額が吟味される。 - A事件の調査費用について
- 結論
4億3000万円の請求→2億7500万円の認容 - 減額の理由
・当初、社外取締役を中心とした特別調査委員会を設置し、その後、より独立性・中立性の高い第三者委員会に移行したが、両委員会の調査で重複している部分について二重に損害として認めることはできない。
・調査報告書に「調査補助者」として記載されていない会社の業務は、委員会の調査に反映されていないと推認され、その会社への支払は損害とは認められない。
・第三者委員会の調査のうち組織風土に関する部分は、企業として向き合うべき問題として、X社自らの責任と負担において行うべきものであり、損害とは認められない。
・第三者委員会の最終報告書159頁中91頁までは中間報告書と内容が重複しているから、中間報告から最終報告までの調査のうち50%を損害として認める。
・調査補助者のうち「公認会計士チーム」について、ここまで多数の補助者が必要であったという的確な証拠はなく、80%を損害として認める。
- 結論
- B事件の調査費用について
- 結論
6400万円の請求→3500万円の認容 - 減額の理由
・当初、顧問弁護士を中心とした社内調査委員会を設置し、その後、第三者委員会に移行したが、代表取締役が関与していたことは支払約定書の内容からも明らかで、第三者委員会の設置の要否については、社内調査委員会の調査結果を踏まえなくても判断可能であり、調査内容としても独自の意義があったものとは認められないから、社内調査委員会の費用は損害として認められない。
・第三者委員会の調査について、本件支払約定書の体裁・特殊性に照らし、類似の簿外債務を生じさせる取引の調査を行うにあたって、ヒアリングだけではなくデジタルフォレンジック調査まで行う必要性は認め難く、同調査の費用は損害として認められない。
- 結論
- 一般論(調査費用に関する取締役の損害賠償責任)
- 検討
以上のとおり、「作業の重複」「最終的な調査結果への貢献」「その調査が真に必要なものであったか」といった観点から、かなり厳格に吟味されており、企業側にとっては厳しい判断であるように思われます(一部の判示については個人的に疑問が残るところもあります)。
上記3⑴の「一般論」にもあるとおり、不祥事が発生した場合にどのような態勢でどのような範囲について調査を行うか、どの程度の費用をかけるか等については、取締役の「経営判断」として広い裁量があるものと考えられます。
本判決のように任務懈怠のあった取締役への賠償請求が認められなかったからといって、調査を行うことを決定した取締役の判断が誤りであった(善管注意義務違反があった)ことになるものではありませんが、本判決を参考に、「取締役に対する賠償請求が認められないかも知れない」調査については、「それでも行うべき調査なのか否か」を吟味した上で実施されるべきと考えられます。