徳永・松崎・斉藤法律事務所

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名古屋自動車学校(差戻審)事件
(名古屋高裁令和8年2月26日判決)

2026年10月16日

矢野 絹佳 弁護士

  1.  事案の概要
    本件は、自動車学校の経営等を行うY社において、正職員として教習指導員の業務に従事し、定年(60歳)退職後に期間1年の有期労働契約(数回更新)を締結して嘱託職員として再雇用された労働者2名(以下「Xら」)が、正職員定年退職時と嘱託職員時で役職を解かれていたこと以外にはその職務の内容および配置の変更の範囲に相違がなかったにもかかわらず、基本給や賞与(嘱託職員一時金)等の労働条件が著しく低額に設定されたことは旧労働契約法20条に違反する不合理な労働条件の相違であると主張し、Y社に対して定年退職前の賃金等(各基本給:18万・16万)と実際に支給された賃金等(各基本給:8万・7万)との差額賃金等及び不法行為に基づく損害賠償を請求した事案です。これに対し、Y社側が定年後再雇用であること、退職金の受領や公的給付(高年齢雇用継続基本給付金や老齢厚生年金)の受給が予定されていること、基本給や賞与の支給目的・性質の違い等を主張したため、正職員と嘱託職員との間の基本給および賞与の額の相違が「不合理と認められるもの」に当たるか否かが争点となりました。
  2.  裁判所の判断
    1.  一審及び原審の判断
      一審(名古屋地判令和2年10月28日判決)は、Xらの定年退職時の基本給の60%を下回る部分、および定年退職時の基本給の60%を基準に計算した賞与額を下回る部分については、労働契約法20条にいう不合理な労働条件の相違に当たると判断し、Xらの請求を一部認容しました。そして、原審(名古屋高裁令和4年3月25日判決)は、第一審と同様の判断枠組みを踏襲し、一審の判断が相当であるとして、当事者双方の控訴をいずれも棄却しました。
    2.  最高裁の判断
      これに対し、最高裁(最一判令和5年7月20日判決)は、以下のとおり述べて原審の判決を破棄し、名古屋高裁に差し戻して、改めてこの点に関する審理するように求めました。
      ア 基本給の金額が異なるという労働条件の相違について、基本給の性質や支給目的を十分に踏まえずに、また労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部(60%を下回る部分)が一律に不合理であるとした判断には、労働契約法20条の解釈適用を誤った違法がある。
      イ 正職員の賞与と嘱託職員一時金の金額が異なるという労働条件の相違についても、双方の性質や支給目的を踏まえずに、また労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま一部を不合理とした判断には同様の違法がある。
      ウ よって、基本給及び賞与に係る労働条件の相違が旧労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否かについて更に審理を尽くさせるため、この部分について原審に差し戻す。
    3.  差戻後控訴審の判断
      最高裁の差戻しを受けて、差戻審である名古屋高裁は、以下のとおり判断しました。
      ア 基本給の相違について: 定年前後で役職を解かれたこと以外に職務内容および変更範囲に相違はないところ、正職員の基本給は複合的性質(年功的性格、職能給および職務給)を持つが職務給の占める割合が大きく、嘱託職員の基本給と同質である。若年正職員指導員資格を取得した直後の正職員の基本給と比べて相当低額(退職前の半分以下)であることや、Y社の誠実さを欠く対応により具体的協議を経られなかった労使交渉の経過を踏まえると、Xらが定年後再雇用であることや将来役職に就くことが予定されておらず65歳までの5年間しか雇用が予定されておらず基本給の将来の人材確保目的が妥当しないこと、公的給付の受給予定等のY社主張事情を考慮しても、嘱託職員の基本給がそれぞれ10万・9万5000円を下回る限度で不合理と認められる。
      イ 賞与の相違について: 正職員の賞与の一律掛け率部分には賃金後払い的性質があり、功労褒賞的性質とともに嘱託職員一時金と同質である。職務内容等に相違がないこと、労使交渉でY社の誠実さを欠く対応により具体的協議がなされなかったこと、退職前との支給相違の程度が大きいことなどを踏まえると、Y社主張事情を考慮しても、上記で判断した定年時の約55%・57%の基本給に正職員の賞与掛け率を乗じた額を下回る限度で不合理と認められる。
  3.  コメント
    1.  本判決は、最高裁が求めた「賃金の性質・支給目的」および「労使交渉に関する事情」の審理を行い、「正職員の60%」といった一律の機械的な割合による不合理性の判断を退けました。不合理な待遇の禁止については、考慮要素として、「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲、その他の事情」が条文上挙げられています。そして、判例においては、賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきとされており、本判決の判断は従前の判例と大きく変わるものではありません。もっとも、本判決は、格差是正の実効性を高めようとする法の趣旨に則り、労使交渉を「その他の事情」として考慮するには、単に労使交渉の結果だけでなく、使用者が誠実に対応したかといった具体的な経緯まで深く勘案すべきであるとして、考慮要素の一事情に関する判断方法を示しました。
    2.  令和8年10月1日施行の「同一労働同一賃金ガイドライン(短時間・有期雇用 労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針)」の改正においても、各種手当について、支給目的に応じた均衡性がより厳しくかつ明確に判断されるよう規定が見直され、待遇差の合理性説明に関する水準が高められています。これらの動向を踏まえると、本判決は、企業が定年後再雇用を行う際には、個別の事情を具体的に検討し、単に定年後だからと機械的に賃金等を切り下げるのではなく個々の賃金項目の性格や支給の趣旨・目的を整理して客観的に説明できるように準備しておくこと、また、労使交渉の際にも誠意をもって具体的に協議を重ねることが重要であることを改めて示唆していると思われます。