取締役の報酬額の決定と善管注意義務について
2019年01月19日更新
- はじめに
最近,取締役の報酬に関連するニュースが耳目を集めており,また,現在,法制審議会会社法制部会においても,取締役の報酬に関する規律の変更(取締役会において取締役の個人別の報酬の決定を代表取締役に再一任する場合に,株主総会の決議を要するものとするか等)について議論されているところです。
このような中で,近時,「取締役の報酬額の決定と善管注意義務」に関して参考になる裁判例が出ましたので,ご紹介します。 - ユーシン株主代表訴訟事件(東京地裁平成30年4月12日判決/旬刊商事法務2178号)
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事案の概要
- ユーシン(東証一部上場)の平成26年11月期における社長の報酬額について,以下の経過により「約14億円」とされたこと(前期から約6億円の増額)について,同社の株主が,社長その他の取締役の善管注意義務違反があったとして,損害賠償を求めた事案。
- 平成26年2月に開催された株主総会の決議において,取締役の報酬総額が年額10億円から30億円に増額され,各取締役への具体的な配分は取締役会に一任された。
(※)株主総会の招集通知には,増額の理由として「事業買収等に伴う急激な経営環境の変化により取締役の役割と責任が飛躍的に増大した」「今後取締役が増員される可能性がある」「その他諸般の事情」と記載され,「なお,改定後の報酬額総額に従って報酬額を急増させることを企図したものではなく,将来の取締役の増員への対応や取締役の貢献意欲や士気を高めることに主眼を置くものであって,実際の取締役の報酬額の決定は,当社の売上及び利益その他諸般の事情を考慮の上行う予定です」と記載されていた。 - 株主総会直後の取締役会で,各取締役の報酬額の決定は,代表取締役である社長に一任する旨が決議された。
当初,社長は,自己の報酬について約26億円(取締役の報酬総額は約28億5000万円)とする素案を作成したが,他の取締役が弁護士見解を踏まえて「約14億円に留めるべき」との意見を述べたため,約14億円に決定した(「本件報酬決定」)。 - 平成26年11月期の業績について,本件報酬決定の時点では,当期純利益5億円と予想されていたが,実際には,当期純損失4億円であった。
- 株主は,本件報酬決定に関し,(※)の記載を踏まえて株主総会決議を行った株主の合理的意思に反し,取締役の善管注意義務に違反するなどとして,社長その他の取締役に対して損害賠償を求める株主代表訴訟を提起した。
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結論
株主側の敗訴(なお,株主側は控訴したが,東京高裁平成30年9月26日判決により,控訴は棄却された)。
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判旨
- 株主総会決議及び取締役会決議により,社長に対し,各取締役の具体的な報酬額の決定を再一任すること自体は,会社法361条1項に反するわけではないが,再一任された取締役は,具体的な報酬額を決定するに当たり,善管注意義務及び忠実義務を尽くす必要がある。
- たしかに,(※)の「報酬額を急増させることを企図したものではない」「将来の取締役の増員への対応や取締役の貢献意欲や士気を高めることに主眼を置く」との記載に着目する限り,株主総会決議から間を置かずにされた本件報酬決定との整合性には疑念を差し挟む余地があるように見える。
しかしながら,(※)には「取締役の役割と責任が飛躍的に増大した」「実際の取締役の報酬額の決定は,当社の売上及び利益その他諸般の事情を考慮の上行う」といった記載もあり,将来の取締役の増員への対応や取締役の貢献意欲等の高揚のみを目的としたものではない。
そして,本件報酬決定の時点において,平成26年11月期の売上及び営業利益が少なくとも前年度を上回ると予想していたのであるから,本件報酬決定時点の売上及び利益を考慮しないでなされたということもできない。
したがって,仮に株主総会決議に賛成した株主の合理的意思が(※)の記載と一致するとしても,本件報酬決定が株主の合理的意思に反するものと断ずることはできない(なお,株主の合理的意思なるものが認められるかについても疑問がある)。 - 代表取締役が,各取締役の業績や活動実績をどのように評価し,どの程度の報酬を支給するかは,極めて専門的・技術的な判断である上,会社の業績に少なからず影響を与える経営判断であるから,広い裁量を有し,適切に権限を行使したか否かは,基本的には,株主総会における取締役の選任・解任の過程を通じて株主が決すべきものであることから,本件報酬決定に至る判断過程や判断内容に明らかに不合理な点がある場合を除き,善管注意義務違反により責任を負うことはない。
本件において,社長は他の取締役の意見に沿って自らの素案を変更しており,金額の妥当性を十分検討した上で本件報酬決定を行っているし,業績の予想ないし予定を何ら考慮せずに本件報酬決定を行ったことをうかがわせる事情は見当たらない。さらに,社長が前期からの増額に見合うだけの貢献をしていなかったと認めるに足りる証拠はなく,上記「明らかに不合理な点」があるということはできない。 - 社長の善管注意義務違反がない以上,他の取締役が監視監督義務違反により責任を負うことはない。
また,他の取締役は,社長が著しく不合理な報酬決定をしないよう相応の働きかけをしたといえ,善管注意義務ないし監視監督義務に違反すると評価することもできない。
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- 検討
本判決は,各取締役の報酬額の決定を一任された代表取締役の報酬決定について,経営判断として広い裁量があり,判断過程や判断内容に「明らかに不合理な点」がなければ適法であるとするものであり,経営判断の原則に関する従来の裁判例と同様に「緩い判断基準」であるといえます。
本件の招集通知における(※)の記載は,株主に「株主総会決議後に報酬額を急増させるわけではない」との印象を抱かせるものと言わざるを得ず,また,報酬決定当時の予想に反して結果的に当期純損失が生じたこと等も,このような紛争に発展した一因であると推測されます。
各取締役の報酬額の決定に当たっては,株主総会の招集通知の内容や株主総会における説明の内容と整合するか否かという点にも十分に留意する必要があることを示す裁判例であるといえます。