徳永・松崎・斉藤法律事務所

海外子会社管理責任に関する株主代表訴訟
東京地裁令和3年11月25日判決・東京高裁令和4年6月8日判決

2022年08月29日更新

家永 由佳里 弁護士

  1.  はじめに
    取締役の善管注意義務・忠実義務違反が認められ,日本円で約20億円(※判決時為替レート)の損害賠償が認められた株主代表訴訟の最近の裁判例をご紹介します。
    本件では,被告である取締役が必要な社内手続を履践しておらず,その他の認定された事実関係からも,善管注意義務違反が十分認められる事案と考えられます。
    本裁判例は,その他の論点(a)子会社の損害を親会社の損害とすることの可否,(b)その場合の損害額の考え方について,平成5年9月9日最高裁判決(三井鉱山事件)を踏襲しており,参考となるものと思います。 
  2.  

  3.  事案の概要
    A社はパチンコ機等の開発・製造・販売等を行う会社であり,原告Xはその株主である。
    被告役員YはA社創業者で,平成29年6月まで代表取締役・海外子会社担当取締役であった。また,A社の子会社である香港法人Bの唯一の取締役代表者であった。なお,香港法人Bは被告の資産管理会社であった。
    Xは,Yの下記行為が善管注意義務・忠実義務違反であり損害が生じたとしてA社監査役らに提訴請求を行ったところ,香港の裁判所においてYに対する損害賠償請求を行っているとして日本ではYに対する損害賠償請求を行わないと回答したため,Xが提訴。A社はX側に補助参加した。
    ① 平成27年3月3日,香港法人Bの代表者として,英国領ヴァージン諸島法人に対し無利息で金1億3500万香港ドルを貸し付けたが,1500万香港ドルの返済後,1億2000万香港ドルが回収不能となった。
    ② 個人的利益を図る目的で,香港法人B代表者として,1600万香港ドルの小切手を振り出し,同額の損害が生じた。
    ③ 平成26年3月31日,韓国孫会社Cの取締役に指示をして,香港法人Bの金融機関からの借り入れに対する利息等相当額約17万3562.23米国ドルを支払わせ,これによりA社に同額の損害が生じた。
  4.  結論
      東京地裁令和3年11月25日判決 請求認容 
    原告株主の請求を全て認め,被告取締役は,補助参加人会社に対し1億3600万香港ドル及び17万3562.23米国ドルを支払う内容の判決となりました。
    なお,東京高裁令和4年6月8日判決において,被告取締役の控訴は棄却されております。
  5.  争点と理由
    1. 善管注意義務違反
      被告が海外事業統括の業務担当取締役として海外子会社の業務を執行又は監視するにあたりその地位を利用して補助参加人の利益の犠牲の下に自己の利益を図ってはならない善管注意義務又は忠実義務を負っていたことを前提に,いずれの行為についても善管注意義務・忠実義務違反を認めた。
      具体的な事実認定は次のとおりである。
      ① 本件行為①について,被告は子会社管理規程に反して補助参加人と事前協議をせず,貸付先の返済能力を検討することなく別の使途で拠出された資金の一部を用いて貸し付けを行い,この資金により自己の資産管理会社が貸付金を回収しており,自己の資産管理会社の利益を図る目的で貸し付けを行った。
      ② 本件行為②について,小切手の振出の目的は美術品購入とされているが美術品購入の事実はなく,被告が報酬を20億円に増額するよう求めていたが断られた後に受取人白紙の小切手の作成を命じているという経緯から,小切手の振出は自己の個人的な利益を図る目的であった。
      ③ 本件行為③について,管理本部長から忠告を受けたにもかかわらず,韓国の取締役に直接指示をして被告の資産管理会社の利益を図る目的で支払う必要のない金銭を支払わせた。
    2. 損害
      Bは香港における訴訟手続,Cは韓国における訴訟手続等によっても,損害の填補を受けていないこと,A社はBの全株式を保有し,BはCの全株式を保有していることから,A社にB・Cに生じた損害の金額に相当する資産の減少が生じ,A社はこれと同額の損害を被ったものと認めた。
  6.  考察
    1. 善管注意義務・忠実義務違反について
      本件行為①②③は自己ないし第三者の利益を図る目的が認められておりますので,経営判断原則を持ち出すまでもなく善管注意義務違反が認められる事案かと思われます。
      本件行為①について,理由として子会社管理規程に反していることが特に指摘されており,経営判断原則を検討する場合でも参考になると思います。
    2. 損害論について
      (a)子会社が受けた損害が親会社の損害となるのか,という損害論について,最高裁平成5年9月9日判決(三井鉱山株高値買戻し損害賠償事件)は,特段の事情のない限り,子会社が受けた損害と同額だけ親会社の資産が減少するとして,親会社の損害を認めています。(b)その場合の損害額については,子会社の損害と同額を親会社の損害であると認定しています。
      本判決も,同様の考え方を採用しており,特段の事情がないか検討して,特段の事情なしと判断しています。
      今後も,本件の考え方が親会社の損害論の判断枠組みとされると思われます。あくまで親会社の資産が減少したことが損害ですので,これを覆すに足りる特段の事情を反証すれば,損害額の認定が変わることもあり得ますが,そのような事情がある場合はそもそも代表訴訟が提起されることがないのではないか,という気もいたします。

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