徳永・松崎・斉藤法律事務所

積水ハウス株主代表訴訟
(大阪地方裁判所令和4年5月20日判決)

2023年03月27日更新

恩穗井 達也 弁護士

  1.  はじめに
    本件は報道で大きく取り扱われた事件であり,ご記憶の方も多いと思いますが,大手ハウスメーカーである積水ハウス株式会社が,不動産取引において,いわゆる地面師に騙されてしまい,約55億円の損害が会社に生じた事案です。本件訴訟は,当該取引に際しての取締役の判断等に善管注意義務違反ないし忠実義務違反があったとして株主代表訴訟が提起されたものです。
    なお,本件訴訟において原告(株主)の請求は棄却されており,本件の控訴審判決(大阪高等裁判所令和4年12月8日)においても株主の控訴が棄却されていますが,今回の原稿執筆時点では控訴審の判決文を公刊物で確認することができていないため,第一審判決の内容を紹介いたします。
  2.  本件訴訟の概要
    1.  本件で被告となった取締役は,事件当時の代表取締役Aと経理財務部門の責任者であった取締役Bです。なお,原告はその他2名の取締役についても同様の訴えを提起していましたが,これらは取り下げられています。
    2.  本件は,積水ハウスの東京マンション事業部において,東京都五反田の不動産に関し,その所有者と称する人物(後日に偽物と判明)が,その知人と称する人物が経営する会社に当該不動産を売却した上で,それを積水ハウスがさらに買い受けるという枠組みの取引でした。
      地面師側は,所有者と称する人物(後日に偽物と判明)の本人確認を行ったとする公正証書や紫外線照射によっても判明しない精巧な偽造が施された旅券を準備するなど,詐欺と見抜かれないように巧妙に準備をしていました。他方で,中間業者を介在させる理由が十分に説明されていないこと,本件取引を進めている段階で,積水ハウスは真の所有者側(ただし,当時は真の所有者であるかは判断できなかったとされた。)から内容証明郵便による警告を受けたこと,決済日において本件不動産の現場に待機していた積水ハウスの社員が通報により警察に任意同行を求められたことなどの問題点等も存在しており,不審を抱く契機がなかったわけではありません。
    3.  訴訟では,原告は,①本件取引における経営判断(稟議書の決裁等)の善管注意義務違反,②従業員に対する監視監督義務に係る任務懈怠,③内部統制システム構築義務違反,④被害回復措置についての善管注意義務違反,⑤被害拡大防止についての善管注意義務違反を,それぞれ主張しました。
      本判決は各取締役についていずれの違反も否定したものですが,これらすべての詳細を紹介するには紙幅が足りませんので,今回は,上記①に関する裁判所の判示を紹介いたします。
  3.  経営判断の善管注意義務違反に関する判示
    1.  本判決は,まず取締役に求められる不動産購入に関する判断が,会社の経営状態や当該不動産の購入によって得られる利益等の種々の事情に基づく経営判断であることを踏まえ,「取締役による当時の判断が取締役に委ねられた裁量の範囲に止まる物である限り,結果として会社に損害が生じたとしても取締役が上記の責任(注:善管注意義務違反の責任)を負うことはない」として,いわゆる経営判断の原則が適用される旨を述べました。そして,かかる経営判断の原則について,「当該取締役の地位や担当職務等を踏まえ,当該判断の前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程が合理的なものである場合」(ⅰ)には,「かかる事実等による判断の推論過程及び内容が著しく不合理なものでない限り」(ⅱ),当該取締役が善管注意義務違反の責任を負うことはないという判断枠組みを示しました。
      取締役の善管注意義務違反を検討するに当たり,経営判断の原則が適用されるという考え方は一般的に肯定されていますが,その具体的な適用については裁判例でも判示の表現が異なっているところです。本件は,上記(ⅰ)が従来から「事実認識の過程」といわれる部分の考え方を示したものであり,(ⅱ)が「判断の過程及び内容」といわれる部分の考え方を示したものと考えられます。
    2.  その上で,本判決は,上記(ⅰ)の場面に関し,「当該会社が大規模で分業された組織形態となっている場合には,当該取締役の地位及び担当職務,その有する知識及び経験,当該案件との関わりの程度や当該案件に関して認識していた事情等を踏まえ,下部組織から提供された事実関係やその分析及び検討の結果に依拠して判断することに躊躇を覚えさせるような特段の事情のない限り,当該取締役が上記の事実等に基づいて判断したときは,その判断の前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程は合理的なものということができる」と判示しています。つまり,取締役において,当該事案における諸事情を踏まえて,下部組織から提供された情報に依拠することに躊躇を覚えさせるような特段の事情がない限りは,下部組織から提供された情報に依拠して判断すれば(ⅰ)の合理性は肯定されるとしたものであり,いわゆる信頼の原則がこの場面で適用されるとの考え方を示しており,ここに本判決の特徴があるといえます。
    3.  以上の判断枠組みを前提として,各被告の経営判断について善管注意義務違反の有無を検討し,いずれの経営判断についても,「その前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程が合理的なものであり,かつ,かかる事実等による判断の推論過程及び内容が著しく不合理なものではなかったのであるから,経営判断として同被告に許された裁量の範囲に止まるものであった」として,責任を否定しました。
  4.  コメント
    本件では,2020年12月7日付けで積水ハウス総括検証委員会による「総括検証報告書」が公表されており,そこでは原因の分析として,本件取引事故を誘発した社内環境(縦割組織におけるセクショナリズム,リスク意識の希薄等),内部統制システムの不十分な点(部門間の牽制機能の不整備,稟議制度の不備等)など,種々の不備が指摘されています。また,上記のとおり,事実関係として会社として不審を抱く契機が存在しており,事後的にいえば,取締役の落ち度を指摘しやすい状況だったといえます。
    本判決は,このような状況のなかで,取締役の善管注意義務違反の有無を検討して,かかる違反を否定したものであり,取締役の善管注意義務違反を考えるに当たっては,参考となる事案といえます。

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