徳永・松崎・斉藤法律事務所

従業員の過労死と名目的代表取締役の責任
~東京高判令和4年3月10日判時2543・2544合併号75頁~

2023年12月27日更新

池田 早織 弁護士

  1.  事案の概要
    1. (株)まつり(以下「Y1社」)の従業員であった亡Aの相続人であるXらが,亡AはY1社における長期間の過重労働に起因する不整脈の発症により死亡し,損害を被ったとして,Y1社及びY1社の代表取締役であったY2に対し,損害賠償を求めた事案です。
    2.  亡Aは,平成25年9月にY1社に雇用され,Y1社の経営するレストラン「祭」で調理を担当する板前(料理長)として勤務していたが,平成26年3月に自宅で突然不整脈を発症し,翌日死亡した。
    3.  Y2は,Y1社のオーナーからY1社の設立にあたり名前を貸すよう依頼され,Y1社の代表取締役として登記された。Y2は,オーナーに自身の印鑑登録証を渡したこともあったが,Y1社の経営に関与することや役員報酬を得ることは一切なかった(Y2はオーナーが経営する別店舗に板前として勤務していた)。
    4.  Xらは,亡Aが,Y1社における長時間の過重労働に起因する不整脈の発症により死亡し,損害を被ったとして,①Y1社に対しては安全配慮義務違反,②Y2に対しては会社法429条1項(役員等の第三者責任)等に基づき,2401万円余りの損害賠償を請求した。
    5.  原審は,㋐亡Aの労働時間は恒常的な長時間労働となっており,亡Aの死亡は過重労働により生じたもので,㋑Y1社は安全配慮義務違反に基づく責任を負う,㋒Y2はY1の代表取締役としてその職務を行うについて悪意又は重過失があり,429条1項の責任を負うと判示し,Xらの請求を一部認容しました。控訴審でも㋐から㋒の判断は維持されましたが,㋒Y2の責任についてより詳細な判断が示されましたので,以下ご紹介します。(なお,原審は,亡Aの過失相殺を否定しましたが,控訴審では,亡Aが病院を受診しなかったこと等の事情をしん酌して2割の過失相殺を認めました。)
  2.  控訴審の判断の要旨(Y2の責任の有無)
    1.  Y2はいわゆる名目的な代表取締役であったものと認められる。しかしながら,名目的な代表取締役であることをもってY2がY1社の代表取締役として第三者に対し負うべき一般的な善管注意義務を免れ又は軽減されるものではないというべきである。
    2.  Y2は,Y1社の代表取締役としてY1社の業務全般を執行するに当たり,従業員の労働時間が過度に長時間化するなどして従業員の業務が過重な状況に陥らないようにするため,従業員の労働時間や労働内容を適切に把握し,必要に応じてこれを是正する措置を講ずべき善管注意義務を負っていたものというべきところ,代表取締役としての業務を一切行わず,亡Aの労働時間や労働内容の把握や是正についても何も行っていなかったというのであるから,その任務の懈怠について悪意又は重大な過失があり,これにより亡Aに本件発症による損害を生じさせたものであって,会社法429条1項に基づく責任を負うものというべきである。
    3.  Y2が別店舗における板前の仕事を兼務しており,亡Aの労働時間等を把握していなかったことは,Y2の悪意又は重大な過失を否定する事由となるものではなく,かえって,Y2の任務懈怠に係る悪意又は重大な過失を基礎づける事情となるものというべきである。
  3.  従業員の過労死と役員責任
     本件では,経営に一切関与していない名目的代表取締役について,一般的な善管注意義務を負うとして会社法429条1項の責任が認められました。しかも,名目的であったことが,逆に任務懈怠を基礎づける事情となるとされており,厳しい内容となっています。取締役として就任した以上は,善管注意義務も基本的には通常の取締役と同等に判断されることになりますので,安易に引き受けないのが一番かと思います。
     また,近時,従業員の過労死等に関する労災民事訴訟の事案で,本件のように,使用者である会社の安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任に加え,会社法429条1項に基づく取締役の損害賠償責任を追及する事案が散見されます。
    大規模会社の場合,取締役が従業員の労務管理を直接行うことは困難であり,善管注意義務違反を問うのが難しいため,裁判例の多くは本件のような小規模会社の事案ですが,大規模公開会社の取締役の責任が問題となった裁判例もあります。
     例えば,大衆割烹居酒屋を全国展開している会社の従業員の過労死が問題となった事件(大庄ほか事件・大阪高判平成23年5月25日労判1033号24頁)では,人事管理部の管理本部長等であった取締役らについて,取締役会を構成する一員として取締役会の議論を通して,労働者の生命・健康を損なうことがないような体制を構築すべき義務を負っており,会社の業務を執行する代表取締役も同様の義務を負っていたとして,取締役の会社法429条1項の責任を肯定しました。この事案は,全社的に従業員の長時間労働が恒常化しており,かつ,取締役らはこうした状態を極めて容易に認識できたのにその対策を取っていなかったという事案ですが,長時間労働を認識してこれを放置した場合,取締役としての責任が認められることがありますので,注意が必要です。

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