徳永・松崎・斉藤法律事務所

免震ゴムの品質不正に関する公表の遅れについて
取締役の任務懈怠を認めた裁判例
~TOYO TIRE株主代表訴訟事件・大阪地判R6.1.26~

2024年12月18日更新

熊谷 善昭 弁護士

  1.  本判決の概要
    1.  本判決は,TOYO TIRE株式会社(旧東洋ゴム工業・東証プライム上場)の免震ゴム性能のデータ偽装事件に関し,当時の取締役4名について,①基準に適合しない製品につき出荷を停止する義務に違反したこと,②国交省への報告及び一般への公表を行う義務に違反したことを理由に,合計1億6000万円の賠償責任を認めました(控訴されずに判決確定)。
    2.  ①の点について,当該製品の基準適合性については,比較的長期にわたって社内調査が実施されており,取締役らが参加した会議において,一旦は出荷停止の方針を決定しておきながら,その後,信頼性の低い社内報告に依拠して出荷停止の方針を撤回して出荷を続けたことについて,取締役の任務懈怠責任が認められました。
    3.  ①の点も実務的に大変参考になる判決ですが,今回は主に②の点についてご紹介させて頂きます。
  2.  事実経緯
    1.  平成26年5月,「免震ゴムの性能検査において技術的に根拠のない数値を用いており,法定の基準に適合しない可能性がある」旨が社内報告され,取締役らの指示により調査開始。
    2.  平成26年9月16日午前,取締役らは,それまでの調査において基準に適合していないことを示唆する報告を受けていたことから,出荷停止の方針を決定。
    3.  平成26年9月16日午後,ゴム製品技術本部長から「試験で得られた実測値について,試験機の機差を解消するための補正等を行うと,基準に適合させることが可能である」とする報告がなされ,取締役らは,出荷停止の方針を撤回して,出荷継続。
    4.  平成26年10月23日,上記本部長より「上記補正の方法は技術的な根拠が乏しい」との社内調査の総括的な報告がなされ,「当該補正によっても基準に適合しない物件が26件ある」ことが報告された。担当取締役からは「出荷済みの製品はリコールの対象としない」との提案がなされたが,他の取締役が反対し,引き続き社内での調査検討を継続することになった。
    5.  平成27年2月9日,基準に適合しない免震ゴムが使用されている疑いがある旨を国交省に報告し,平成27年3月13日には一般向けに公表。
  3.  国交省への報告・一般への公表義務に関する判断
    1.  平成26年9月16日時点の義務違反の有無
      当該製品が基準に適合していることについて疑義があったものの,基準に違反することが明らかとなっていた状況ではなく,引き続き調査が必要な状況であった。
      従って,取締役らが,この時点で国交省への報告義務や一般への公表義務を負っていたということはできない。
    2.  平成26年10月23日時点の義務違反の有無
      同日の会議で上記2⑷の報告を受け,更に「リコール不要」との提案に反対意見を述べられたことなどからすれば,取締役らの間で,当該製品の中に基準に適合しないものがあることは明らかになっていたというべきである。
      そして,当該製品がすでに相当数の建物で現に使用されていたこと,建物の回収方法等を示して報告・公表するには今しばらく時間を要し,これを待っていてはいつ公表できるか全く明らかではない状況であったことからすれば,この時点で国交省に報告し一般に公表する判断をすべき義務を負っていたというべきである。
    3.  損害
      上記⑵の報告・公表義務の任務懈怠によって,会社の信用が毀損されて2000万円の損害が生じた。
  4.  検討
    1.  不祥事が発生した場合,企業として対外的に公表することが考えられますが,法令等に基づく開示義務がある場合や,現に生命・身体への危険や健康被害の発生・拡大のおそれがあるような場合を除き,対外公表するか否かは,取締役の経営判断となり,当該不祥事が組織的なもの・経営層が関与するものか否か,第三者にどのような影響を与えるものか,問題の重大性はどうか等の観点から判断することになります。
    2.  本件については,既に使用されている建築材料に関する品質不正ということで,第三者の生命・身体に危険が生じかねない重大な問題であり,事実が確定されれば公表が必要になることには余り異論はないと思われますが,「どの程度事実が確認できた時点で公表するべきか」という点が問題になった事案です。
      本判決は,上記2のとおり,品質不正が確定していない段階では公表する義務はないが,品質不正が確定した段階では(その対応策がはっきりしていない段階であっても)公表する義務があると判断したものであり,実務的にも非常に参考になる裁判例だと思います。

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