徳永・松崎・斉藤法律事務所

法廷百景
時として対面での交渉が有用であること

2023年03月27日更新

熊谷 善昭 弁護士

  1.  交渉の依頼
    十数年前,私が弁護士になってすぐの頃に関与した事件です。
    A社(依頼者)が,地主B(個人)から広大な土地を賃借して,畜産事業を営んでいました。もともとC社が営んでいた畜産事業を2年前にA社が譲り受けたもので,その際に,地主Bとの借地契約についても,従前のC社の地代と同じ金額でA社が引き継ぐということで,A社と地主Bとで契約していました。
    A社の依頼は,「従前のC社の地代が高すぎたので,地主Bに地代の引下げを要請したが,激怒されて断られた。関係も悪化したので交渉を依頼したい。地代の引下げが難しければ,この土地を買い取りたい。」というものでした。地代は2年前にA社自身が合意したものですので,引き下げる法的な根拠はありませんし,関係が悪化したのであれば買取りも難しいのではないかと感じました。
  2.  書面による交渉
    まずは地主Bに書面を送ることになりました。弁護士名で書面を出す以上,法的な観点からそれなりの(それっぽい)理屈を書くことになりますが,本件では根拠薄弱ものにしかなりませんでした。
    すぐに地主Bの代理人弁護士から返信が届き,案の定,私の書いた「理屈」に真正面から反論された上で,「地代の引下げには絶対に応じない。2年前に合意しておきながら極めて不誠実である。土地の売却も全く考えていない」ということで,感情を逆なでするような結果となってしまいました。
  3.  民事調停の申立て
    私は「やっぱり無理だった」と諦めようかと思いましたが,一緒に担当していた先輩弁護士が「民事調停を起こしてみよう」と言い出しました。
    民事調停は,裁判所において,裁判官や調停委員(弁護士など)が間に入って話し合いを行う手続です。私は,「結局は話し合いなのだから,結果は同じだろう」と思いましたが,A社も希望したので民事調停を申し立てました。
    民事調停では,調停委員がうまく話をとりもってくれて,A社の担当者も交えて,対面で地主Bに対してこれまでの非礼を丁寧に謝罪した上で,A社の希望を直接伝える機会がもたれました。
    それが功を奏したのか,地主Bも急激に態度を軟化させ,話し合いが進み,その日のうちに,A社が土地を買い取る方向で協議を継続することが決まり,後日,買取りに至りました。
  4.  所感
    地主Bとしても土地を売却しても良いという考えを元々持っていた(その意味では当初のA社の交渉の仕方がまずかった)のだとは思いますが,書面のやり取りだけでは出てきませんでした。地主Bは特に昔気質な方でしたので,直接顔を合わせて誠意をもって話をできたことが良かったのだと感じました。
    もちろんこのように上手くいくケースばかりではありません(逆の立場で,法的な根拠の弱い請求をされて民事調停を起こされた際に,あっさりと和解を拒絶するケースも多いです)が,この事案のように,書面のやり取りだけではお互いに理屈を述べてヒートアップし,「落としどころ」での解決から遠のいてしまうことも時々あるように思います。
    事案の内容や相手のタイプを見極めながら,その事案にあった方法で,何よりも決して諦めることなく交渉していくことの重要性を実感した事件でした。

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