徳永・松崎・斉藤法律事務所

法廷百景
「法廷」百景はなくなる

2023年05月29日更新

斉藤 芳朗 弁護士

 法廷百景は,裁判所の法廷で弁護士が見聞する出来事で,日常生活とは少し異なるエピソードを紹介するコーナーです。
 しかし,今,オンラインの普及により,「法廷」がなくなりつつあります。つまり,法廷内で生じる様々なエピソードが消滅し,傍聴席に座って小説の題材を得るという作家もおられたようですが,その機会もなくなるかもしれません。
 まずは,法廷の歴史から。裁判を経験された担当者の方は,弁護士が作成する書面の表題が「準備」書面という名称であることはご存じかと思います(ビジネス文書ですと,請求書,●●の件等の表題となることからみると,特異な表題ですね)。もともと,裁判は,法廷で双方の当事者が口頭で裁判官に事情を説明し,裁判官は,これを直接聞いて,どちらの当事者の言っていることが本当なのかを判断する,という制度であることによるものです。つまり,法廷でなされる口頭の説明を事前に裁判官に知らせておくための資料という意味で,「準備」書面という名称が付けられたものです。昔は,弁護士は,法廷で長々と演説していたようで,その名残は最高裁判所の法廷に残っております(口頭で,裁判官を説得します)。  
 なお,準備書面も,きちんと押印して,各頁には割印をする必要がありました。
しかし,もともと裁判になる事案は,複雑で当事者の言い分も多岐にわたっており,裁判官が耳で聞いただけで理解できるものは数少なく,多くの事件は,書面で説明しなければならないものです。したがって,口頭での説明より,準備書面の記述の方が重視されるようになりました。法廷でも,弁護士は,「第●準備書面記載のとおり,主張します」というだけで,書面の内容を法廷で改めて説明することはしなくなりました。そうなると,法廷はものの5分程度で終了することもありましたが,法廷にはゆかなければなりませんでした。つまり,今から30年くらい前までは,わずか5分のために,東京,札幌,那覇等の裁判所に行っておりました。
 その後,裁判手続が簡略化され,今から20年前頃から,まず,書面をファクシミリで提出することを可能とし(表紙の押印は必要だが,割印は不要),つぎに,電話で裁判ができるようになりました。つまり,法廷に行かなくても,裁判所と事務所が電話で繋がれて,電話越しに,やり取りができるようになったのです。ただし,いろいろ制限があって,例えば,電話口で対応できるのは,一方当事者のみであり(他方当事者は,法廷に行く必要がありました),福岡の裁判所だと福岡の弁護士は電話を利用することはできませんでした。このようにいろいろ制限はありましたが,遠くの裁判所に行く必要が少なくなったという点では大分進歩したといえるでしょう。
 現在,この制度がさらに進化して,電話ではなく,オンラインでやりとりするようになりました。裁判所が設定する画面に,双方の弁護士がアクセスして,書面や書類も,そのシステムに添付し,裁判所からの連絡もそのシステム上に記載されます。書面もエクセル等のデータのまま送信し,相手方の弁護士がそのデータを修正し,さらにこちらがそれを再修正する…というようなこともやっております。そうなると,裁判所は福岡,双方弁護士も福岡であっても,裁判所に出向かずに,事務所のパソコンに向かってやり取りをすることができます。
 ということで,「法廷」百景もこれが最後……ということはありません。証人調べ,判決の言渡しは,法廷で行われますし,刑事事件もオンラインということはありませんし,弁護士の付かない事件も法廷で行われます。これからも,法廷をめぐるエピソードが絶えることはないでしょう。

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