徳永・松崎・斉藤法律事務所

法廷百景
ビローンか和解か?

2023年12月27日更新

斉藤 芳朗 弁護士

 判決直後に,裁判所の正面玄関に,若手の弁護士が走ってきて,「全面勝訴!」「不当判決!」といった垂れ幕(巻き物)を掲げる光景をご覧になったことがあるかと存じます。世間の注目を浴びる裁判では,こんな光景が決まってニュースで流れます。ちなみに,この垂れ幕(巻き物)は,専門家の間では「ビローン」と呼ばれているそうです(私も最近,NHKのチコちゃんに叱られるを見て,初めて知りました)。
 しかし,裁判所に提訴された裁判の全部が,このように,華々しく,勝訴or敗訴の判決で終わるわけではありません。実際には,静か~に,「和解」で終了している事件が相当の件数あります。
 和解とは,話し合いで裁判を終了させることをいいます。しかし,原告側は勝訴を目指して裁判を起こしたのであり,被告側も全面的に争っているのに,なんで多くの事件が和解になるの? そういった疑問を持つ方も大勢おられるでしょう。その点を考えてみましょう。
 その前提として,裁判の構造が問題となります。裁判には二つの場面があります。一つは,過去に発生した事実がどのようなものであったのかについて,証拠に基づき,確定する手続,もう一つが,その確定した事実に対して法律を当てはめて,その結果どうなるかを導く手続,この二つです。
 一つ目の事実の確定は,過去の事実を洗い出す作業です。自動車に取り付けられたドライブレコーダーのようにビデオカメラで録画しておれば簡単でしょうが,実際にはそのようなことが行われることは稀ですので,証人の証言,日記,メモ等で明らかにしてゆくことになります。しかし,裁判になることを見越して事件を目撃する人等は稀ですし,記憶も変わって行きます。メモや日記と言われるものであっても,結構いい加減に書かれていることも多く,誤記があったりすると,その信用性が疑われることもありえます。さらに難しいのは,証人が裁判所の法廷で証言するという特異性も考えなければなりません。「俺の記憶に間違いない」と意気込んでいても,いざ証言する段になると,緊張で固くなり,証言を始めると同時に頭が真っ白となり,記憶どおりしゃべれないこともあります。また,相手方の弁護士から意地悪な質問がなされて何と答えてよいか分からず,黙ってしまう,という場面もないわけではありません。さらに,相手方の証人は,こちらの証言と真逆の証言をするでしょう。どっちの証言が正しいのか判断がつかない事件もあります。
 このように,過去の事実を洗い出し確定する,というのは大変面倒な作業となります。
 二つ目の法律の当てはめですが,これも厄介な作業となります。まず,法律の解釈は様々で,まったく異なる考え方があるためです。つまり,一つ目の事実関係が決まったとしても,それに法律を当てはめた結果が〇となることもあれば,×となることもある,要は,結論がどちらとなるのか分からない,といった事態が法律の世界ではありえることなのです。つぎに,損害賠償の事件における賠償の「額」についても,〇〇の事実があれば××円と決まっているわけではなく,かなりの幅があります。
 以上述べたとおり,いざ裁判を提訴したが…あるいは裁判で徹底的に争い請求を退けたいと当初は考えていたが…,裁判が進むにつれて,いろいろな「ほころび」「弱点」が見えてくるもので,相手方も同じような感じを抱いているのです。その時に,裁判官から,「原告被告双方の言い分は,本当によく理解できました。私も,判決を書く準備はできているのですが,判決でどちらが勝っても負けても,高等裁判所でまた争いを続けることになりますが,時間も費用もかかりますし,一度話し合い(=和解)のテーブルに付かれたらどうでしょうか?過去の紛争の解決に時間とお金をかけるより,時間とお金をもっと前向きの事業に充てられたらいかがでしょうか。もちろん,和解のテーブルに付いたからと言って,必ずしも和解する必要はないのですよ,いやならいつでも『判決してくれ』と声多高々に宣言していただければ,私めがすぐに判決を書きますから…」と言われたときに,これを即時に断る決断はできないでしょう。そして,とりあえずは和解のテーブルに付くことになります。「白黒」を付けるのが役目のはずの法廷で,かなりの件数が,実際には,静か~に,「灰色」で決着しているのです。
さて,皆さまは,「ビローン」派でしょうか,「和解」派でしょうか?

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