徳永・松崎・斉藤法律事務所

トランスジェンダーの職員のトイレ自由利用に対する制限が問題となった例
(経済産業省事件・東京高裁令和3年5月27日判決)

2022年02月21日更新

恩穗井 達也 弁護士

  1.  LGBTQ(性的マイノリティ)の問題は社会に徐々に認識されるようになってきていますが,それとともに,LGBTQの従業員の権利と他の従業員との権利との調整を要する場面も生じるようになってきました。
      今回は,この点が問題となった裁判例である経済産業省事件(東京高裁令和3年5月27日判決・労経速2463号3頁)をご紹介します。本件は報道もされておりご承知の方もいらっしゃるかもしれませんし(なお,事務所報109号では,本件の第一審判決のポイントをご紹介しています。),本件はあくまで公務員の事案であることから民間企業にそのまま妥当するかは検討の余地がありますが,実務上,裁判例等が未だ少ない分野であり,参考となるべき事案と思います。なお,本件では一審原告の処遇について様々な点が問題とされていますが,紙面の都合上,主要な部分に限っています。
  2.  本件の事案の概要は以下のとおりです。
    1.  平成7年に入省したトランスジェンダー(生物学的性別は男性,心理的性別は女性)である一審原告は,平成20年より私的時間を女性として過ごしていたところ,平成21年,勤務先である経産省に対し,近い将来に性別適合手術を受ける予定であり,性自認に基づく実生活経験として女性として勤務をしたい旨の申入れを行った。
    2.  申入れを受けて,経産省は,官庁における同種事例の有無を調査したが,当時,同種の事例は見当たらなかった。そこで,一審原告との面談,顧問弁護士との相談等を踏まえて,一審原告の了解の下で所属部署にて説明会を実施した後,トイレ利用の取扱いに関しては,一応認めるが,原告の執務場所から離れたフロアの箇所に限定して認める方針(本件トイレに係る処遇)を示し,一審原告もこれを了承した。
    3.  説明会以降,一審原告は,利用が認められた女性用トイレを日常的に使用するにようになったが,その後も,一審原告と担当調査官,所属長らとの面談が重ねられた。一審原告は,平成23年に家庭裁判所の許可を受けて名の変更手続を行ったが,その後も性別適合手術は受けておらず,戸籍上の性別の変更はしないままだった。
    4.  経産省は,一審原告と面談を重ね,性適合手術をまだ受けていない理由を確認するとともに,戸籍上の性別変更をしないまま異動した場合,異動先で女性用トイレを利用するためには,当該女性用トイレを使用している女性職員に対して原告が性同一性障害であること等を説明した上で理解を得る必要があるといった経産省の方針の説明を行った。かかる面談においては,1回限りではあるが,一審原告の上司による「なかなか手術を受けないんだったら,もう男に戻ってはどうか」といった発言(本件発言)があった。
    5.  平成25年12月,一審原告は,戸籍上の性別及び性別適合手術を受けたかどうかにかかわらず他の一般的な(女性)職員と公平な処遇を求める要求を人事院に行ったが,人事院は,平成27年5月,一審原告の要求は認められない旨の判定を行った。
       一審原告は,かかる人事院の判定の取消とともに,一審原告が上記の制限を受けていること等が違法であることを理由として国家賠償を求める訴訟を提起した。
  3.  本件の第一審(東京地裁)は,個人が自認する性別に即した社会生活を送ることは重要な法的利益として国家賠償法上も保護されるとした上で,経産省による庁舎管理権の行使に一定の裁量が認められることを考慮しても,原告の職場での性別移行から約4年経過以降の本件トイレにかかる処遇は,違法の評価を免れないとして,この点に関する人事院の判定を取り消すとともに,国に132万円の賠償を命じました。
     しかしながら,控訴審である本判決は,第一審と同様に性自認に即した社会生活を送ることが法律上保護されるべきことを肯定しつつ,本件トイレに係る処遇に関しては,経産省としても十分に検討し,その内容としても一審原告にも配慮して決定したものであって当該処遇が著しく不合理とはいえないこと,一審原告も当初は当該処遇を了承していること,その後においても所定の限定を撤廃するほどの客観的な事情の変化があったとは認められないことを理由として,違法性を否定しました。
     もっとも,上記④の面談時の上司の本件発言に関しては,一審原告の性自認を正面から否定するものであり,かつ,経産省の対応方針からも逸脱するものであるとして,1回限りの発言だったとしても,国家賠償法上の違法を免れないとして,11万円(慰謝料10万円,弁護士費用1万円)の賠償を認めました。
  4.  本件トイレに係る処遇に関して第一審と本判決の判断が分かれたように,従業員間で相対立する利害の調整が問題となる場合は,難しい判断が求められます。そのような中でも,本判決が認めているように,他社事例の調査,医師や弁護士といった専門家の意見聴取など十分な検討を行った上で,本人らとも十分に協議を重ね,当事者に配慮した対応方針を策定することが肝要となると思います。
     他方,本判決においては,1回限りの上司の発言の違法性が肯定されていることにも留意が必要と思います。本件発言の内容が問題であること自体についてはさほど異論があるところではないかもしれませんが,実際の現場では,上司による不適当な発言の例はよく耳にします。また,LGBTQをはじめとする少数者の権利などに対しては,その認識が十分ではない従業員も見受けられます。
     今後,コンプライアンス教育などの啓発活動をより一層進めることが重要となります。

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