徳永・松崎・斉藤法律事務所

兼業による長時間労働と安全配慮義務

2022年08月29日更新

池田 早織 弁護士

  1.  厚労省では,働き方改革の一環として,「副業・兼業」の促進を図っており,「副業・兼業の促進に関するガイドライン」,副業・兼業の活用に向けた「モデル就業規則」,副業・兼業に関する届出,合意書等の様式例を公表しています。
     近年,新型コロナウィルス感染症の蔓延による経済状況の変化から,「副業・兼業」を認める企業が増えてきているようです。
     副業・兼業を認めることは,企業にとって,優秀な人材の獲得・流出防止,人材育成といったメリットがある一方,本業への支障や健康管理,情報漏洩等のデメリットも指摘されています。
     以下では,兼業による長時間労働について,企業の安全配慮義務違反が問題になった事例を紹介します。
  2.  大器キャリアキャスティング・ENEOSジェネレーションズ事件/大阪地裁平成3年10月28日判決
    <事件の概要>
    セルフ方式による24時間営業の給油所を運営するY1社は,深夜早朝時間帯における給油所の運営業務をY2社に委託していた。原告Xは,Y2社と有期雇用契約を締結し,深夜早朝の時間帯に就労していたが,その後,Y1社とも有期雇用契約を締結して,週1,2日,深夜早朝以外の時間帯にも就労するようになり,連続かつ長時間労働した結果,精神障害を発症した。Xは,Y1社及びY2社に対し,長時間労働を軽減すべき安全配慮義務に違反した等として,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償等を求めた。
    <判決の要旨>
    大阪地裁は,以下のとおり判示してXの請求を棄却した。

    1.  Y2社の法的責任の有無
      Xの連続かつ長時間労働の発生は,Xの積極的な選択の結果生じたものであり,Xは,労働基準法32条及び35条の趣旨を自ら積極的に損なう行動をとっていた。
      他方,Y2社としては,XとY1社の労働契約関係に直接介入できる立場にないこと,Y2社の担当者はXに対し労働法上の問題のあることを指摘し,また,X自身の体調を考慮して休んでほしい旨注意した上,XにY1社での就労を確実に止める旨の約束を取り付けていたこと等を踏まえると,Y2社が労働契約上の安全配慮義務に違反したとまでは認められない。
    2.  Y1社の法的責任の有無
      Xは,Y2社において,Y1社と資本関係がない競合他社の店舗でも勤務していたものであり,Y1社がXの当該店舗での労働時間等を当然に把握していたものではない。また,Y1社は,XとY2社との労働関係に直接介入する権限は有していない。
      そして,Xが自らY2社での労働時間数を増加させている事情のあること,X自身が自身の体調や生活上の事情などを勘案してY1社との労働契約を締結するか否かを判断すべき立場にあること,X自ら希望してY1社との労働契約を締結し,就労日を増やしていったものであること等を踏まえると,Y1社において労働契約上の安全配慮義務違反等があるとまでは認められない。
  3.  副業・兼業の場合,副業・兼業を行う労働者を使用する全ての使用者が安全配慮義務を負っています。
    本件は,Xが自らの希望で勤務シフトを積極的に入れていたこと,Y2社は労働時間を減らすための注意等を行っており,また,Y1社はXから兼業状況の報告を受けておらず,全体としての業務量・時間を把握していなかったこと等から,安全配慮義務違反は認められませんでした。
    もっとも,使用者が,労働者の全体としての業務量・時間が過重であることを把握しながら,何らの配慮をしないまま,労働者の健康に支障が生ずるに至った場合等は,安全配慮義務違反が認められる可能性があります。
    企業としては,副業・兼業の状況について労働者からの報告等により把握し,労働者の健康状態に問題が認められた場合は適切な措置を講じる必要があります(上記ガイドライン6頁参照)。

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