徳永・松崎・斉藤法律事務所

経済産業省事件
(最高裁第三小法廷令和5年7月11日判決)

2023年12月27日更新

恩穗井 達也 弁護士

  1.  事案の概要
    本件は,一般職の国家公務員であり,性同一性障害である旨の医師の診断を受けている上告人(ただし,健康上の理由から性別適合手術は受けていない。)が,国家公務員法の規定に基づき,人事院に対し,職場のトイレ等の使用に係る行政措置の要求をしたところ,当該要求は認められない旨の判定(以下「本件判定」といいます。)を受けたことから,本件判定の取消しを請求した事案です。主な事実関係は以下のとおりです。

    1.  上告人は,生物学的な性別は男性であるが,平成10年頃から女性ホルモンの投与を受けるようになり,同11年頃には性同一性障害である旨の医師の診断を受け,同20年頃から女性として私生活を送るようになった。平成22年3月ころまでには,血液中の男性ホルモンの量が同年代の男性の基準値の下限を大きく下回っており,性衝動に基づく性暴力の可能性が低いと判断される旨の医師の診断を受けていた。
    2.  平成21年7月,上告人は上司に対して自らの性同一性障害について伝え,同年10月,経済産業省の担当職員に対し,女性の服装での勤務や女性トイレの使用等について要望を伝えた。これを受け,平成22年7月,上告人の了承のもと,上告人が執務する部署の職員に対し,上告人の性同一性障害について説明する会が開かれた。上告人退席後に意見を求めたところ,女性トイレの使用については複数の女性職員がその態度から違和感を抱いているように見えた。また,女性職員のうち1名が執務階の1つ上の階のトイレを日常的に使用している旨を述べた。
    3.  本件説明会を踏まえ,庁舎内において上告人の執務階とその上下の女性トイレの使用を認めず,それ以外の女性トイレの使用を認める旨の処遇が実施されることとなった。上告人は,本件説明会の翌週から,女性の服装で勤務し,主に執務階から2階離れた階の女性トイレを使用することになったが,そのことで他の職員との間でトラブルが生じたことはない。
    4.  平成25年12月,上告人は,人事院に対して,職場の女性トイレを自由に使用させることを含む行政上の措置を要求したところ,平成27年5月29日付けで,これを認めない本件判定がなされた。
  2.  最高裁の判断
    最高裁は,「本件処遇は,経済産業省において,本件庁舎内のトイレの使用に関し,上告人を含む職員の服務環境の適性を確保する見地からの調整を図ろうとしたもの」と位置付けた上で,上告人は,本件処遇の下で,自認する性別と異なる男性用のトイレを使用するか,本件執務階から離れた階の女性トイレ等を使用せざるを得ないのであり,日常的に相応の不利益を受けているとしました。
    その一方で,上告人が女性ホルモンの投与等を受けて性衝動に基づく性暴力の可能性は低い旨の医師の診断を受けていること,本件説明会後,女性の服装で勤務し,2階離れた階の女性トイレを使用することになったことについてトラブルが生じていないこと,加えて,本件説明会から本件判定に至るまで約4年10ヶ月の間に,上告人の女性トイレの使用について改めての調査が行われ,本件処遇の見直しが検討されたことはうかがわれないことを指摘しました。
    そして,「遅くとも本件判定時」(平成27年5月29日付け)においては,上告人が庁舎内の女性トイレを自由に使用することについてトラブルが生じることは想定し難く,特段の配慮をすべき他の職員の存在が確認されてもおらず,上告人に対し,不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらなかったのであり,本件判定のうち女性トイレの使用に関する部分は,著しく妥当性を欠き,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となると判断しました。
  3.  コメント
    本件は,大きく報道等されたことからご存じの方も多いと思います。上記のとおり,最高裁は女性トイレの使用に関する制限を違法と判断したものですが,その理由を的確に理解する必要があります。
    本件では5名の裁判官全員が「補足意見」を述べていますが,そのなかでは,複数の裁判官が,「同僚の職員の心情にも配慮」する必要性について言及しており,「当面の措置として上告人の女性トイレの使用に一定の制限を設けたことはやむを得なかった」,「本件処遇は,急な状況の変化に伴う混乱等を避けるためのいわば激変緩和措置」等として,当初の段階における本件処遇の合理性は否定していません。その上で,本件処遇の実施後も,約4年以上の期間で特段のトラブル等も生じていなかったにもかかわらず,改めての調査や検討も行わず,本件処遇を維持し続けたことを問題としたものです。
    この点を踏まえると,本件の教訓として,トランスジェンダーの職員と他の職員との利益が相反するケースでは,両者間の利益衡量,利害調整を真摯に行うことの必要性が確認されるとともに,いったん処遇を決めたとしても,適宜の時点で,その見直しを検討する必要があることが示唆されます。
    いわゆるLGBTQを取り巻く課題については近時ようやく広く議論されつつあるところであり,標準的な取り扱いがあるものではありません。当該個人の事情も様々であり,職場の施設の状況や他の職員の考え方も様々です。そのため,個別のケースに応じて,具体的に利益衡量,利害調整をしていかざるを得ません。皆様の職場でも判断に迷う事例が出てくるかもしれませんので,その場合は,ぜひ弁護士にご相談ください。

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