年休時季変更権行使の違法性判断(札幌高裁令和6年9月13日判決)
2025年04月25日更新
- 事案の概要
- 北海道のホテルY社に勤務する従業員Xは,ハワイへ海外渡航し2020年3月21日の娘の結婚式に参列する予定で,2020年3月18日から同25日までの期間年休を申請しており(2019年10月頃と2020年2月25日に申請),Y社も了承していた。
- 新型コロナウイルス感染症の拡大という状況から,Y社は年休開始日の前日の3月17日に時季変更権を行使し,Xは娘の結婚式に出席できなかった。
- Xは,Y社の時季変更権行使はY社の事業の正常な運営を妨げる場合に当たらず違法であるとして,債務不履行又は不法行為に基づき慰謝料の支払いを求めた。
- 結論
時季変更権の行使の時期が遅すぎたとして,慰謝料30万円の支払いが認められました。ただ,時季変更権行使の理由については,会社の事業の正常な運営が妨げられる事情があったことが認められました。 - 争点
時季変更権の行使が違法であるか否かが争点ですが,特に下記3点が問題となりました。
① 年休を取得することにより,会社の具体的な業務への影響があるといえるか
② 年休取得の目的を考慮して時季変更権を行使したことが違法ではないか
③ 時季変更権の行使の時期の妥当性はあるか - 裁判所の判断
- 具体的な業務への影響について
裁判所は,下記ア~ウの事実を認定し,これらの事実関係の下では,X自身が新型コロナウイルスに感染する危険性が高まることは,Y社の事業運営を妨げる客観的事情であり,Xがこの時期に海外渡航をして感染すること自体が問題となるため,代替勤務者を配置するなど通常の配慮によって事業運営上の支障を回避することもできず,事業の正常な運営を妨げる場合に該当すると判断しました。
ア 社会情勢
2020年2月28日には北海道に緊急事態宣言が発表されるなど,新型コロナウイルス感染症の拡大傾向にあった時期であることを踏まえ,医学的知見が確立しておらず,不特定多数の者と接触する機会を持つことは感染リスクを高めるものと認識され,人生における重要なイベントであっても中止や自粛をすることが感染拡大を防止するために必要であると社会的に受け止められる状況であった。
イ 具体的な業務への影響
また,当時は,従業員が新型コロナウイルス感染症に感染した場合,その施設や担当業務等が詳細に報道されていたことを指摘し,Y社従業員が新型コロナウイルスに感染した場合,消毒等のためにホテルの営業停止を余儀なくされ,取引先や予約客への連絡や他のホテルへの振り替え等の多数の対応業務が発生するだけでなく,多数の者が出入りするホテルを運営するY社の社会的な責務として,当該感染の事実,当該従業員の属性,海外旅行歴等を公表して報道されていたものと考えられる。
ウ 渡航先のハワイの状況
時季変更権の行使後,3月17日(現地時間)には,ハワイ州知事がハワイへの渡航と往来,および10名以上のイベント等の自粛等を要請し,同月21日には,同月26日以降にハワイに到着する観光客等全員に対して14日間の隔離を義務付ける措置を実施することを発表しており,仮にXがハワイに渡航し新型コロナウイルスに感染したとすれば,Y社に対する社会的評価の低下をもたらすものであった。加えて,当時のY社に対する社会的影響の低下は,Y社の事業継続に影響しかねないものであった。 - 年次有給休暇の利用目的について
ア 年次有給休暇の利用目的は,正常な事業運営を妨げるか否かの評価の対象ではないこと
裁判所は,年次有給休暇の利用目的は労基法の関知しないところであり,休暇をどのように利用するかは使用者の干渉を許さない労働者の自由であり,当該使用目的を考慮して年次有給休暇を与えないことは許されないものと解されるとしたうえで,事業の正常な運営を妨げる場合に当たるか否かは,利用目的の評価を交えることなく,客観的に事業運営の阻害状況が発生するおそれがあるか否かによって判断されるべきであるとしました。
イ あてはめ
本件では,Xが明示していた年次有給休暇の利用目的自体が問題視されたものではなく,そのために不可避に伴う海外渡航の結果,X自身が新型コロナウイルスに感染する危険性が高まることがY社の事業運営を妨げる客観的事情として認められるのであり,年次有給休暇の利用目的に係る評価とは無関係であるとしました。
海外渡航を年次有給休暇の利用目的の一部と捉えるとしても,本件で考慮されたのは海外渡航の主観的評価とは無関係な,その実施時期と感染リスクの増大という客観的事情であり,これらを考慮し判断したからといって,直ちに労働基準法の趣旨に反する時季指定権の行使とはいえないと判断しました。 - 時季変更権行使の時期について
ア 不当に遅延した時季変更権行使は権利濫用となること
年次有給休暇の時季指定がされた後,事業の正常な運営を妨げる場合に該当するか否かの判断は,必要な合理的期間内にされる必要があり,不当に遅延した時季変更権の行使は権利濫用となると判示しました。
イ あてはめ
本件は,2月28日には北海道に緊急事態宣言が発表されている事情があり,いかに遅くとも3月14日までに,事業の正常な運営を妨げる場合に該当する旨速やかに判断して時季変更権を行使することが可能であったと認定しました。
したがって,本件時季変更権の指定は合理的期間を経過した後にされたもので権利濫用であり,Xの年次有給休暇を取得する権利を侵害する不法行為を構成する。前日の時季変更権行使により休暇取得に対する期待を侵害されたことによるXの精神的苦痛の限度で相当因果関係が認められ,慰謝料30万円が相当であると判断しました。
- 具体的な業務への影響について
- まとめ
- 有給休暇を巡るこれまでの最高裁の判断
ア 年次有給休暇の利用目的について
年次有給休暇の利用目的は労基法の関知しないところであり,休暇をどのように利用するかは,使用者の干渉を許さない労働者の自由であり,当該利用目的を考慮して年次有給休暇を与えないことは許されないとしています【国鉄郡山工場賃金請求事件(最判昭和48年3月2日),弘前電報電話局事件(最判昭和62年7月10日)】。
その上で,弘前電報電話局事件では,成田空港開港反対集会参加目的の有給休暇取得に対し,代替勤務者を配置せず時季変更権を行使したこと等について,利用目的を考慮して年次休暇を与えないことに等しく許されないと判断しています。
イ 時季変更権の行使時期について
使用者の時季変更権の行使が,労働者の指定した休暇時間が開始し又は経過した後になされたものであっても,使用者において時季変更権を行使するか否かを事前に判断する時間的余裕がなかったようなときには,直ちに時季変更権の行使が不適法となるものではないと判断しています【電電公社此花局事件(最判昭和57年3月18日)】。 - 本判決について
本判決も,最高裁の判断基準を踏襲しており,利用目的の判断について,海外渡航・娘の結婚式という年休利用目的に干渉したわけではなく,世界的な新型コロナウイルス感染拡大状況にあって,Xが海外渡航して感染した場合にホテル事業の運営が大きな影響を受けることを客観的に判断したと認定しています。
そうすると,年休利用目的の達成の結果,事業の正常な運営を妨げるといえる場合には時季変更権を行使することもできるということになります。ただ,年休の利用目的を使用者に詳細に伝えることは予定されていませんし,仮に使用者が知ったとしても,年休の利用目的は自由であることが原則ですので,事業の正常な運営を妨げる場合にあたるという事態はかなり限定されると思われます。
時季変更権の行使時期については,緊急事態宣言発表後遅くとも14日後には行使可能であったとの認定がなされ,その3日後では遅すぎるという判断でした。本件は急激な状況変化があった極めて稀な状況ではありましたが,時季変更権を行使する場合はスピーディな判断が必要といえます。
- 有給休暇を巡るこれまでの最高裁の判断